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たったひとつの正解はない。 [あんこ学]

昔、ヴィヴァルディの「四季」が、やたらに売れた時期がありました。クラシックレコードの売り上げベストテンのトップを、長い間占めつづけていた。なぜ、「四季」がそんなに売れるのか。当時、そのワケを、ぼくの好きな作曲家の林光さんが、こんなふうに言っていたのをおぼえています。
「音楽の聴き方に、たったひとつの正解はない。でもね、ベートーヴェンの音楽なんかだと、まるでたったひとつの正解があるように言う人がいる。この曲は、苦悩を通しての歓喜を表現してるとかね。解釈がうるさい。その点、ヴィヴァルディは、というより、バロック音楽は、どう聴こうと自由なわけね。勝手なわけ。それが、たったひとつの正解を押し付けられることにうんざりしている現代人に素直にアピールしたんじゃないだろうか」
林さんはすごい名文家だから、こんな言い方で言ったわけじゃないけれど、ま、意味は、ざっとこんなことだったと思います。で、この林さんの言葉は、当時のぼくに電撃的にひびきました。そう、ビリビリッときたわけ。そうだ、音楽に限らない、世の中のことすべて、たったひとつの正解なんかないんだ。正解は、そのモンダイを考える人の数だけあるんだ。そうだそうだ、モンクあっか、なんて思ったわけです。
いや、そんなことはない、数学のモンダイなんかは、正解がひとつじゃなきゃ困るだろう、と思うかも知れない。だが、違う。
昔、セブンイレブンのCMに、「駅からまっすぐ帰ると200メートル、セブンイレブンに寄って帰ると300メートル、でも、私はどうしても寄り道してしまう」というのがあって、その画面に家と駅とセブンイレブンを結ぶ直角三角形の図がかかれていたのがありました。ま、なんてことはないCMだとぼくは思っていたんですが、世の中にはうれしい閑人がいっぱいいて、「あれはおかしい」という疑問の手紙が、「CM天気図」に殺到したんですね。「直角三角形の斜辺が200メートルで、他の2辺の和が300メートルなんてことは、数学的常識としてありえない」というわけです。ところが、「これはもうピタゴラスさんに聞くしかないだろう」とぼくが「CM天気図」に書いたら、さっそくピタゴラスさん、じゃない、数学専攻の大学院生で岩瀬順一さんという人から手紙がきた。それによると、「あの三角形は平面上では成立しないが、計算の結果、半径191メートルの球状をした小惑星を想定し、その北緯45度東経0度に駅が、北緯45度東経90度に家が、そして北極点にセブンイレブンがあれば成立する」というんですね。つまり、間違ってはいない、というわけです。
おいおいおい、そんなちいさな星の上に電車が通るかよとか、そんなところにセブンイレブンが出店すると思うか、なんて言う人に災いあれ。ぼくが感動したのは、あの小うるさい数学でさえ、正解はひとつではない、考え方によっていろいろあるんだというのを知ったことでした。
というわけで、以来ぼくは、何事にせよ、たったひとつの正解なんてものはない、と信じてきました。だから、アンパンマンはつぶあんかこしあんか、というモンダイにも、実は正解はひとつではない、ということになるんですね。どうしてもつぶあんであってほしいと思うひとはつぶあん、こしあんじゃなきゃわたしゃいやだというひとにはこしあんなのです。東雲のミニーさん、これでいいですか。よかないよね。
さて、次回はいよいよ、「みっともない」と「あんこ」になんの関係がアンだという疑問点に踏み込いくつもりですが、はたして、どんな関係がアンでしょうか。一緒に考えてください。


これは、渋皮つき栗納豆です。でっかいです。つくったのは足立区の丸和製菓です。足立区はぼくの生まれた所です。この渋皮つき栗納豆みたいな所です。隅田川のほとりにあるので、区役所の人は「いまやこのあたりもウオーターフロントです」なんていってますが、実態は「川っぺり」です。
ウオーターフロントなんてばかな言葉より、ぼくは川っぺりのほうが豊かな感じがして好きです。


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