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縄文クッキーはいかが。 [あんこ学]

「イノモト和菓子帖」という本があります。著者は、猪本典子さん。和菓子の銘菓135品を選び、その写真に短文を配した、とてもおしゃれな本です。写真もいいし、本づくりのセンスもいい。和菓子の持つ品位に本づくりがすこしも負けていないって感じです。著者の猪本さんが、まえがきの結びに、こう書いているのも気に入りました。
「あんこの恋しさって、好きな人を想う感じに似ているかもしれない。」
(リトルモア刊・2000円+税)

話は一転、「縄文クッキー」です。「お前の話は国語の古典の授業みたいでしんどい」という声が野に満ちているようなので、急遽、今回は歴史の授業にきりかえます。(またか)
で、「縄文クッキー」。縄文時代といえば、いまから1万年くらい前から2000年くらい前という大昔ですが、後期のころの縄文人は、ちゃんとクッキーなんか作っていたんです。
材料はイノシシやシカの肉。または栗やクルミなどの木の実。これを砕き、ウズラの卵や山芋をつなぎにして焼きあげたお菓子です。肉を使ったものはハンバーグ状、木の実を使ったものはクッキー風のものでした。ま、クッキーなんか食べて、「きょうも元気だ、クッキーがうまい」なんて、平和にやっていたわけですね。
が、次の弥生時代(紀元前3世紀~紀元後3世紀)になると、世の中、音を立てて変わりはじめた。北東アジアから大量の渡来人がやってきて、西日本を中心に弥生文化を急ピッチで定着させていくんです。で、その時点から、縄文人と渡来人が入り混じった西日本と、渡来人の影響をあまり受けなかった縄文人(この人たちももともとは東南アジアからやってきた来た人たちですが)の東日本、という東西2分化の構図ができあがっていったようです。
この構図は、その後も根強く残っていく。縄文人は四角い顔で眉が濃くて目が一重、弥生人は面長で眉が薄くて目が二重、といった違いは、もうごちゃごちゃになってしまいましたから、亭主が縄文くんで女房が弥生さんなんてはっきりわかる家庭はない。しかし、方言の分布や生活習慣の面では、いまも東西の違いはかなり残っているといっています。そう、正月の餅は西は丸くて東は四角い。弥生さんは面長で縄文くんは四角い顔だったことの名残が、そんなところに残っているのです。(うそつけ)
そうなんです、前にも書きましたが、「バカ」と「アホ」の方言分布ね。東にいるのはバカで、西にいるのはアホ。大阪から東京にアホが転勤してくると、その日から彼はバカになるわけです。(ならないって)
そして、あんこ。いまでこそ、ごちゃごちゃになってしまいましたが、しばらく前までは、あきらかに西はこしあん、東はつぶあんでした。この傾向は、いまでも多少は残っています。なぜ、西はこしあんなのか。前からしつこく言っているように、この国の文化は、少なくとも関が原の戦い(これも東西の激突です)までは、もっぱら西日本で成熟したからなんですね。
そういえば、「イノモト和菓子帖」に載っている銘菓も、やはり、京都を中心に西日本で作られているものが多いようです。


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tami

「あんこの恋しさって、好きな人を想う感じに似ているかもしれない。」
なんて素敵な文章でしょう。
この恋しく思われるあんこは、こしあんが似合うような気がします。つぶあんではイメージがジーパンっぽくて、前歯につくし・・・。(まだ言う!)

縄文クッキーは、無添加、無着色、無香料。おいしくて体によさそうですね。(笑)
ところで私の住む大分は「バカ」です。
by tami (2006-01-11 00:47) 

ぜんそく

僕は、好きな人や好きな友人にあんこのお菓子をあげたくなります。
なので読んですごく納得しました。実は僕の好きな人であんこ嫌いの人がいて、その人を思えばあんこ食べる度つらいです。クッキーのような軽いつきあいが出来るようになりたいです。
by ぜんそく (2006-01-12 01:45) 

ぶらっくびねがー

あまのさん、明けましておめでとうございます。
今年も楽しく読ませてもらいます。

縄文クッキーなんてものがあったんですね。
そんな大昔の人たちも美味しいものを求めていたと考えるだけでわくわくします。昔の人も今の人も同じなんだと。坂本竜馬もユリウス・カエサルも自分と同じようなところもあったんだろうなぁ・・・、などと妄想してしまいます。(^^;)

西と東の違いも興味深いですね。
私の好きな雑煮は、どこか忘れましたが(東のほうだったかな?)、甘い雑煮もありますよね?ちょっと・・・。
ちなみに、私の地元、博多の雑煮には「かつお菜」が入っております。
あっ、ぜんざい食べ損ねました。(何を報告してんねん!)
by ぶらっくびねがー (2006-01-12 01:54) 

あんころぉもち

あけましておめでとうございます。
今年もあまのさんのあんこの“授業”、楽しみにしています!
歴史の授業でも古典の授業でも、大歓迎です。
(算数の授業のときは、自習にします…)

“バカ”と“アホ”の話になると毎回思うことがあるのですが、
“タコ”とは主にどこで使われているんでしょうね…。
これも相手に「コノヤロウ!」と思わせる言葉ですよね。
ちなみに、松田優作さんが言われて一番腹の立つ言葉は、
この“タコ”だったらしいです(マメ情報?)。
by あんころぉもち (2006-01-12 14:53) 

gillman

歩いていける近所なんで毎年初詣に行くんですが
西新井大師の門前の店でアンコだけを単体で売ってました
鯛焼き屋なんですがアンコだけ欲しがる人がいるってことですかね
つるしの紙には「トーストにもどうぞ」って書いてありました
ちなみにつぶあんでした
縄文クッキーですか? それって「おこし」の系統ですかね
和菓子って言うと餅菓子みたいのしか想像できないかもしれませんが、バリエーションは結構あるんですよね
その一つが「おこし」です
僕の親父は本来はおこし職人だったんですが、時代とともにすたれていって今は雷おこしくらいしかありませんね
歴史的には奈良時代くらいからあったんですが、今はほとんど職人もいなくなりました
この頃、学生が小腹がすいたときなどチョコバーが人気ですが、「おこし」のバーなんか作ったらずっと油脂分も少なくてヘルシーなスナックになると思うんですけど…だめですかね?
by gillman (2006-01-12 17:40) 

オ 寒

新年「箱根駅伝」が終了しました。今年もドラマがありました。この駅伝は東から西を目指して進みます。弥生人は西から東へ進みます。それは考古学の現在では、単に「征服」の様なモノクロなものではなく、縄文人(先住民族)と混血するような融合的東進であったようです。これも「箱根越え」(フォッサマグナ越え)が大きな障害となってなかなか進めず、東の縄文文化が独自な発展をとげるようです(東北の縄文文化・北海道の同様文化の多様性と美はすごいと思う)。僕は関東育ち。多分エミシの血が濃いのか「つぶ餡」にまず手が出る。西部劇の場末の歌い手「つぶ餡歌手」がいとおしい。このシンポシオンのおかげで自分の立場が少し鮮明に・・・・(また変るかもしれないけど・・・・・)
by オ 寒 (2006-01-12 19:31) 

sola

しんどくないでーす!わかりやすいでーす!(笑
そんな大昔にクッキーだなんて、びっくりです。やはり3時はおいしい紅茶でしょうか(笑)。そして弥生時代にすでに東と西に分かれていたなんて、さらにびっくりです。
実はずっと、ひとくくりに「日本人」という言い方はアバウトすぎるのではないかと思っておりました。「西日本人」「東日本人」と言うのが正確だろうと。文化の違い、考え方の違いをとても感じますから。「バカとアホ」「つぶあんとこしあん」ちゃんと分かれてますよね。面白いです。
確かに和菓子は京都のイメージ、ということで西日本に軍配を。ではおすしはどうでしょう?江戸前のイメージが強いので東日本に一本?あ、小鯛雀寿司なんて美味しいのもありました……おーこれでわからなくなった。。
ちなみに私は、生まれてからずっとバカです。東日本以外に住んだことがありません。。
by sola (2006-01-12 22:48) 

銀鏡反応

こんばんは!
縄文クッキー、1度たべてみたいですね。特にハンバーグ状のお肉クッキーが食べてみたい。
それと縄文人と弥生人。そこで思い出したのですが、桑原茂一さん主催のCLUBKING発行の無料雑誌「dictionary」関連のイヴェントで、脳科学者・茂木健一郎氏と、タレントのいとうせいこう氏がトークを繰り広げていました。で、お二人の顔が実に対照的なのです!茂木氏は、眉は薄くて眼が二重ぽく弥生人的、せいこう氏は顔が四角でなんとなく縄文人的な顔に見えました…。
by 銀鏡反応 (2006-01-12 22:50) 

あまの

「tami」さん。大分はバカですか。アホかとばっかり思いこんでいたぼくがバカでした。でも、なぜアホじゃなくてバカなんだろう。

「ぶらっくびねがー」さん。縄文人も現代人も、おいしい顔はみな同じなんですね。でも、縄文人のほうがぼくらより「おいしい生活」をしていたような気がします。

「あんころぉもち」さん。「タコ」っていうのは、東京の下町あたりでは、よく使っていたような気がします。面白いことばですね。でも、「バカ」というのとは、ちょっとイミがちがうかも。

「gillman」さん。トーストにつぶあんはすごい。さすがは足立だ。それにしても、ホント、おこしは少なくなりました。おいしいのにね。子供のころは、びくは浅草の雷おこしが大好きでした。

「オ寒」さん。「東日本の縄文文化の多様性と美はすごい」、というご指摘、ありがとう。その通りですね。縄文時代はもちろん、それ以降も、東日本には独自の豊かな文化があった。ただ、芸術・芸能系の文化では、西日本のパワーが強かったんじゃないか、ということで、あんなふうに書いてしまいました。

「sola」さん。おっしゃるとおりです。だいたい、「日本」という名の国家が成立したのが7世紀のことで、それまでは、東南アジアや北東アジアや朝鮮半島から来たひとたちがいただけで、「日本人」というのはいなかったわけですからね。あ、それから、ご指摘の江戸前寿司ですが、これはファーストフードの始祖みたいなもんで、いかにも「東日本人」の、それもおっちょこちょいな江戸人の発明って感じがしませんか。ちなみにぼくは、するめいかといわしです。あ、こはだもいい。

「銀鏡反応」さん。茂木さんといとうさん。なるほどねえ。たしかに、まったくタイプの違うおふたりですね。ふたりとも、ぼくの好きな人ですが、さぞ面白い話だったでしょうね。
by あまの (2006-01-13 01:16) 

nina_day

古文の授業、楽しいです!またやってください!!刺激になってアタマの引き出しにしまわれていた色んなものが、膨らんできてます。あれあれ平家物語を今年読もう!とか、そうそう能を見たいと思ってたんだ!等々…。「あんこの恋しさ…」は、ちょうどここで見るたび、あんこ好きでおしること羊羹が大好きだった昔の彼氏を思い出すのです。この記憶がちょうど繋がって「恋しさ…」は、反芻する甘い恋の思い出にピターっとリアルにハマりました。何せいいトコ取りの記憶だから甘美です。私は先日の鏡開きで職場で出されたおしるこを、そのままでは完食できず、半分食べた後近所に牛乳を買いに走って「ミルクしるこ」にしてしまった辛党よりの人間です。あんこ類は美味しく食べれる分量の加減が肝要だと思います。和菓子の本の装丁って、いつもため息もので物欲が刺激されます。ああヤバい。リアルな私はこのアイコンより薄め…だけど一重の縄文タイプです。たまたま近所に縄文時代の遺跡があって、以前縄文クッキーをいただいたことがありました。お味は…野趣あふれる味だけど、わりと淡白…そう、まさにカロリーメイトみたいなものという記憶が残ってます。
by nina_day (2006-01-13 02:32) 

あまの

「にーな」さん。縄文クッキーを食べたなんて、うらやましい。ぼくは、話に聞くだけで、まだ食べたことがありません。あれをちょくちょく食べてると、人相が次第にに縄文化していくと聞きましたが、まさかね。
by あまの (2006-01-13 10:36) 

スティッチの親分

おっ!今度は天野さんが歴史の先生になってる(爆)
でも、こんな先生が高校や中学の歴史や古典の先生にいたら
私はもっと歴史や古典が大好きになってたでしょう(笑)
だって先生って、ただ教科書読むだけだし、ちっともオモシロくなかったんですもの。
だから私はこのブログで新しい歴史と古典を勉強しているのだぁー!
「縄文クッキー」って材料はイノシシやシカの肉、または栗やクルミなどの木の実を砕いてクッキーにしてたんだぁ!
まさに「つぶあん」ですね!
西日本を中心に弥生文化が発展してきたんだー!縄文→弥生って歴史は変わったから弥生文化は洗練させてたってことで弥生は「こしあん」文化なんですね!
で、ごちゃまぜになったと・・
今の日本の基本はここにあり?でしょうか?
今はまさしく、ごちゃ混ぜ文化って感じの日本ですよね(笑)
弥生クッキーってないのかしら?弥生はイノシシやシカの肉、栗やクルミを砕かずにこしてたりして(笑)
アホとバカの違いってよく分かる~~
でも、西日本でも松山は「バカ」ですよ?
「アホ」って言われたら松山人って猛烈アタローになってしまうかも!
うむむ~この違いはどうしましょう?天野先生(笑)
次はどんな先生になるのか楽しみだわん♪
この授業って、本当に学校でやればもっと学生も歴史とか文化が身近に感じられて、忘れ去られた文化に興味持つのになぁって思うんだけどなっ!
長々とすいません。
だって、天野先生の授業、オモシロいんだもーん♪
by スティッチの親分 (2006-01-14 11:56) 

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