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ナポりを見て死ね [ことばの元気学]

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戦前、ぼくが生まれ育った千住という町には、路地がたくさんありました。路地だらけの町でした。
路地というのは、幅がせまい。人がひとり通れる幅が、路地の幅の基本単位です。
いまの道は、クルマが通れるかどうかが基本の単位になってしまいましたが、昔はあくまでも「人の幅」が基本だった。だから、路地は人が主役で、クルマなんかは入れませんでした。
路地をはさんで、台所の出窓から、ぼくの母は隣の石川さんのおばさんと話し込んだり、煮物の交換などをしたりしていたものです。「路地コミ」ですね。
そんな路地の奥でぼくらはベーゴマをして遊んだり、立小便をして畳屋のおじいさんに怒られたり。いま思えば路地は、ホント、人間くさい、すばらしい空間でした。

戦後は、その路地がほとんど消えた。クルマが通れない道は道ではなくなってしまった。「ヒト尺」に代わって、「クルマ尺」が、文字どおり幅をきかすようになってしまいました。
かなしい。あの懐かしい路地に、もう一度会いたい……。
そんなことを思っていたら、なんと数年前、「路地に会う旅」に出かけましょうよと、NHKの人から声をかけられたのです。
「世界・わが心の旅」という番組です。

「行こう行こう」というわけで、ぼくは、イタリアのナポリへ行くことになりました。
どこへ行くか、あれこれ考えたあげく、「いまの地球上に千住を探すとしたら、それはナポリしかない」という勝手な結論に達したのです。
と言っても、いままで、ナポリへ行ったことはありませんでした。
半分、出たとこ勝負で出かけたのですが、ありましたねえ、ナポリには、昔ながらの路地がいっぱい。路地をはさんだ窓から窓へ、元気なおばさんたちが野菜や肉を受け渡ししたり、大声でけんかをしたりしていました。

ま、そんなわけで、「世界・わが心の旅ーナポリを見て死ねるか」という番組ができあがったのですが、その話は別として、なぜ「ナポリを見て死ね」というタイトルにしたか、ここではそのワケだけ、簡単に説明しておきましょう。

ご存じの通り、「ナポリを見て死ね」というのは、昔からある有名なことわざです。
「ナポリの美しさを見ずに死ぬのはばかだ」といった意味ですが、「見ずに死ぬな」ではなく「見て死ね」と言っているところがすごい、うまい。ナポリのよさを広告するみごとなコピーになっています。
で、ナポリの町の真ん中のにぎわう市場の中で、通りすがりのおじさんやおばさんに、カメラに向かってこのコピーを言ってもらったのです。つまり、ナポリ人によるナポリのCMを即席で作ってみたかったんですね。
これがなかなか面白かったので、この言葉をそのまま番組のタイトルにも頂戴した、というわけです。

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それはともかく、ナポリに泊まった夜、ぼくはホテルの近くのサンタルチア海岸を歩きました。
と、やっぱり出たんですねえ、口をついてこのご当地ソングが。

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♪ 月は高く 海に照り
  風も絶え 波もなし
   
  来よや友よ 船は待てリ
  サンタルチア サンタルチア

いいなあ。堀内敬三さんの名訳です。
ところが、ぼくが小さな声で歌っていたら、とつぜんうしろから、ぼくに合わせて歌う大きな声が聞こえてきた。びっくりしたなあ。
で、振り向いたら、なんと、イタリア人の太ったオッサン(漁師風)が、ニコニコしながら歌っているではありませんか。それがまた、すごいテノールで。
いま思うに、もしかしたらあれは、パバロッティだったのかもしれません。




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ハイジママ

こんにちは!
イタリアのナポリ、もう~~二十数年前に行きました。

ああ~これが憧れのナポリか!と感激したのを思い出します。
何と言っても、思い出すのは、街角から出てくるソフアローレン似のオバサン!
家と家、窓から窓に渡された洗濯物の波。

北のおすましのイタリアと、違って、気さくな庶民の町という感じが良いですね。
路地という響きも大好きです。

天野さんは、パバロッティ似のオジサンに遭われたのですね。(笑)合唱が出来て良かったです。
あぁ~イタリア料理も大好きなハイジおばさんで~す。


by ハイジママ (2009-06-08 13:05) 

銀鏡反応

私が、「ナポリを見て死ね」という言葉を知ったのは、太宰治の短編「ダス・ゲマイネ」ででした。(そこには「ナポリを見てから死ね!」と書いてあったのですが)

あれ以来、ナポリというと、必ず頭に浮かぶのはその文句だったのです。それ以前は、ナポリというと「スパゲッティ・ナポリタン」が浮かんでばかりだったのですが(←このパスタ料理もナポリにはないシロモノですものね)

それはともかく…まさしく、「ナポリを見て死ね」はかの地の魅力をう~んと、凝縮したような、うまい“広告”ですよね。

それで思い出したのですが、「日光見ずして結構語るな」というのも、意味あい的には、「ナポリを見て死ね」に似たものがあると思いました。

by 銀鏡反応 (2009-06-08 20:59) 

あまの

「ハイジママ」さん。
路地と一緒に、とても大切なものが、この国から消えてしまいました。それを、さて、どう取り戻していけるか。

「銀鏡反応」さん。
たしかに、「日光~」も、同じような意味合いですね。日本もイタリアも、思想より美意識の国だということが共通してますね。
by あまの (2009-06-09 22:49) 

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