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こしあん色の方言 [ことばの元気学]

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地球上の大気は、酸素と窒素と言葉でできている。

ぼくの持論です。
と言っても、ぼくのオリジナルじゃない。「地球上の大気は酸素と窒素と広告でできている」というロベール・ゲランの言葉のモジリです。
ま、モジリではあるけれど、広告も言葉の内、ぼくの言い方のほうがずっと正確じゃないかと思います。

ところで、このことを、ぼくがいやというほど実感させられたのは、東京の中学から四国松山の中学に転校したときでした。
学校に行ったその日から、ぼくは呼吸困難になって、倒れそうになってしまったんです。
なぜって、クラスの子たちのしゃべっている言葉が、ぜんぜんわからない。95%意味不明。

「うちはなんしよん?」
「いなげなふくきとるねや」
「ぶっとったらわるにくらされるぞよ」

翻訳すると、
「家は何をしているの?」
「変わった服、着てるねえ」
「気取ってると悪い奴に殴られるぞ」
といったようなことなんですね。
でも、こっちはぜんぜんわからない。
で、「困っちゃったなあ」と頭をかくと、
「よういわい、困っちゃった、じゃあと!」(よく言うよ、困っちゃった、だってさ!)
と、みんなでげらげら笑うんです。

何か言うたびに笑われる。そんなことが積み重なって、ついにぼくは口がきけなくなってしまいました。息ができないというか、一種の窒息状態になってしまったんですね。だって、彼らは、まったくの異星人なんですから。
学校へ行くのがいやでした。
でも、これじゃいけない、なんとか事態を変えなくっちゃと思った。で、それにはまず、連中の言葉を覚えなくっちゃ、と思い直したんです。
で、家の近くの同級生に頼み込んで、伊予弁の特訓をしてもらいました。おかげで、三か月くらいで、なんとか最低限の伊予弁を身につけることができたんです。

すると、ですね。
あら不思議! 学校へ行っても息ができるようになったんですね。呼吸困難が嘘のように解消した。
そう、そうなんです。松山の大気は、酸素と窒素と伊予弁でできていた、というわけです。

いまはもう、伊予弁も衰弱して、標準語がのさばるようになってしまいましたが、60年前の松山は本当に外国でした。伊予弁をまったく知らずに松山へ行ったぼくは、英語をまったく知らずにアメリカへ行ったようなものだったんですね。

さて、モンダイはそれからです。伊予弁をしゃべりだしたら、頭の中も、心の中も、徐々に伊予弁的に変わってきた。
身振りも表情も歩き方も、なよなよしてきた。
ま、ついこの間まで、「ふざけたこと言ってんじゃねえよ」と言っていた下町のワルガキが、
「よもよもお言いなや」なんて言い出したんですから、ま、からだも心も変わって当然ですよね。

そうなんですね。人間は、言葉を通して世界を見ている。日本語を通して見ている世界と、英語を通して見ている世界が実はかなり違うように、東京の下町言葉が映しとっている世界と伊予弁が映しとっている世界とは、似ているようでずいぶん違うんです。だから、伊予弁で話していると、ものの見え方も感じ方も、微妙に変わってくるんです。

これをむずかしく言うと頭が痛くなるのでやめときますが、うんとバカっぽく言ってしまえば、
下町言葉はつぶあん色なのに、伊予弁はこしあん色をしている
ってことです。

なんだか、あきれてものが言えない、って顔をしてますね。
しょうむない話につきあわせて、わしもすまんと思うとるぞなもし。



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コメント 7

とくさん

大気に言葉成分がはいっているのは、理解できます。
言葉は、空気中を飛んでいきますが、
だんだん、空気の中に溶け込んでいき、
遠くには届かないものですよね。
多くの人が過去から住んでいたところには、
かなり、空気中に溶け込んでいると思うようになってしましました。
天野さんのお陰で、一人でいるのが、ちと怖くなりました。
昔、グローバル言語になる前には、
アメリカの人のものの考え方を理解するために
英語勉強しなさいと言われたことありますが、
思考方法が、形になって言葉になっている訳ですか、なるほど。
みんな、アメリカンスタンダード思考法になる訳ですか、なるほど。
伊予弁は、こしあん色というのは、感覚的に理解できます。
松山が、洗練されてるってことですか”!?
天野さん、心と体に、え、体もですか、
どう影響されたのか、次回、期待しています。



by とくさん (2008-06-08 16:08) 

発電藷

お久しぶりです。新生活が始まってごたごたしておりました。
この春から電車で40分かけて県外の高校に通うようになったのですが、やっぱりありますね。こんなに近くでも方言やニュアンス、イントネーションの違い。ことばは「空気」というのも同感です。私自身、吸う空気が変わったことで人当たりが柔らかくなり、動作が鈍くなったような気がしております。
私も天野さんと同じく、窒息寸前だったことがありました。
私は幼いころに今すんでいるところに急に引っ越してきたのですが、まず最初に驚いたのがやはり周囲の人の会話。まったく聞き取れないのです。「○:・;△*◇0l、。+?」って感じで。
おかげで「この子は物静かな子だねぇ」と言われてたらしいです。(実際はひどく騒がしかったのですが・・・)
それで慣れるまでに5ヶ月近くかかりました。それまではいつも苦しくて、いつでも涙目でした。家にいてもはなしかけられるのが怖かった記憶があります。そんな空気も吸い続けたら、慣れましたけどね。

by 発電藷 (2008-06-08 20:17) 

rio

こんにちは。

私の父が伊予の出身ですが、大阪に長く住んでいるうちに伊予弁をほとんど忘れてしまったようで、今では完全な”大阪のおっさん”です。大阪の空気に染まったんですね。

あまのさんの伊予弁、うちのやかましい爺さん(父の父)があの世から戻ってきたみたいで、おかしいやら感動するやら。小学生の頃、帰省するたびに「なんしよんぞね!」って叱られてましたから。叱られるときの決まり文句に「いかんが!」というのもあって、兄弟でこっそり”怪人イカンガー”って呼んでました。
by rio (2008-06-09 00:54) 

楓○

あははは。思わず笑ってしまいました。

しょむないはなしやなんておもうとりゃせんぞなもし。
正しいですかね?自信がない。

伊予弁は、なんだかほっこりしてて
まさに、道後の湯のようだわ。と思ってます。
確かに、つぶあん的ではない。こしあんのイメージかもしれません。
あまのさんのお話、次を待ってます♪
by 楓○ (2008-06-09 13:32) 

あかみどり

「もしもし、○○です。」
母が電話に出ると、いきなり口調が変わります。
ああ、いなかからの電話なんだな。と方言でわかるのですが、
その会話を聞いていると、なんだか空気が変わったように
感じます。(会話の方言の半分くらいは聞き取れないのですが・・・)

by あかみどり (2008-06-10 12:26) 

あまの

「とくさん」
一般的に言えば、松山は洗練された町だと思います。でも、ちょっと見には洗練に見えて、実は洗練もどきと言うのも、世の中にはたくさんありますから、ご用心。

「発電藷」さん。
お父さんの仕事の関係で転々と転校をつづけているような子は、だいたい物静かですね。からだが一種の酸欠状態になってしまっているんだと思います。もっとも、ぼくはひどいワルガキ(酸素過剰状態)だったので、転校でちょうどいいあんばいになりました。

「rio」さん。
なるほど。そういえば松山には、「怪人イカンガー」がけっこういます。ぼくの祖父もその一人でした。それしても、イカンガーとは、うまいネーミングですね。

「楓○」さん。
「おもとりゃせんぞなもし」で、おうとるぞなもし。

「あかみどり」さん。
人間は言葉でつながってるんですね。松山時代の友人に東京の電車の中でばったり会ったりすると、自動的(?)に口から伊予弁が出てくる。で、笑い声まで伊予弁になったりするから不思議です。







by あまの (2008-06-12 11:57) 

シギー

天野様
懐かしい伊予弁の話題が嬉しいです。
私が60年代後半に通った松山市駅近くのマンモス中学は当時は
市内で不良の多い学校でした。「坂の上の雲」の秋山兄弟の
関係の高校に進学して言葉が上品なのにカルチャー・ショック
を受けました。同じ松山市内でも言葉ー音が違いました。
外資の金融機関に勤務したと時によく驚いたのは海外経験の
多い女性が日本語で喋るときは柔和なのが英語になって外人と
話し出すと急にアグレッシブになったことです。
言葉は面白いですね。

by シギー (2008-08-19 16:11) 

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